すべて科学の進歩は、あまりにも目まぐるしくエスカレートしている。秒進分歩というそうな。「一億総うつ病にならねばよいが」などと危惧されたのは昔の話だが、むしろその心配は年を追うごとに高まっている。しっかりと人間であることを守らねば。と同時に自分を見つめねば。昔以上にしっかりと。
とはいえ、ひとたび贅沢を覚えた人間は、今更元の人間には帰り得ない。不可能なことを思い煩うよりも、そのままの生活を持続させながら、高度と思える精神生活の中で自己を変容していく。そのひとつの方法が個性を大切にすることである。「脱画一化」はそのための手段であり、多様化は結果としてそうなるものである。私は“ひとつの個性を大切に”だけで十分目的は達せられると思っている。
SAORIはいともカンタンにそれができる。自己発見。自己開発。この困難なことを楽しんでやりとげる。ここにSAORIの価値がある。「ステキな服を創りたい」から出発すれば楽しい。楽しんでいるうちに自分が変る。これで良い。夢へのかけ橋を楽しく渡る。探し求めて見つけ出す。苦しさと背中合わせの喜びで。
その喜びを見出すために「教えないで引き出す」にはどうしたらよいか、教えてくださいという方がいる。よく考えてみてください。私に特殊な才能があるわけではないでしょう。むしろ若くない分だけ時代遅れのはず。ただ私のやってきたことは相手を大切にすること。相手を想うこと。愛するなんてそんな大それたことではないにしても、相手を主にして接すること。私はそうしているだけ。それだけのことです。具体的にはその人の良いところを見つけようとする心、それだけあれば十分だと、そう答えるようにしている。
(2003年11月・333号)