城みさを先生は、
今から30年前に、
こんなことを書き残しています。
40年前の「私の生け花」が、
10年前に「私の手織り」に姿を変えた。
その後、いつの間にか、
“私の”ではなく、
「さをりの手織り」と
三人称になっていた。
そして今、
なぜか手織りというだけでは
言いつくせなくなってきた。
つきつめていくうちに、
原点にぶつかったのである。
「さをり」は、
規制の枠にはめず、
一人一人がもっている個性を引き出すことを
一番大切にしている。
「さをり」で手織りを始めたことによって、
本人も気づいていなかった自分を発見し、
“自分を生きる”ことを始めた女性たち。
枠にはめない手織りに、
嬉々として個性を発揮しだした障害者たち。
一人一人を生かす「さをり」のやり方は、
私をはじめ数えきれないほどたくさんの人に
“生きることの原点”を教えてくれた。
そして、
その中から生まれた手織りの数々は、
限りなく美しく、
流行のファッションなど問題にならないほどに
ファッショナブルであり、
かつまた、
誰が着ても不思議に似合うのである。
「さをり」は、
たくさんのものを、
人を、
愛を、
心を、
生んできた。
そして今なお、
可能性をいっぱいにはらんでいる。
1人称が3人称に。
なるほどと思いました。
さをり織りの本質の深さゆえのことでしょうね。
ブログ、いつも楽しみにしています。
みさをさんの笑顔を見ると、ほっと心が緩みます。
投稿情報: jota | 2010年11 月 9日 (火曜日) 23時18分