人さまざま、生き方さまざま、であります。
けれど共通しているものは、
時間であります。
老いればあらゆるものが衰えます。
その中で造化の神は感性を残してくれました。
しかも今まで見えなかった深いものに、
気づかせてくれるようになります。
“人生とは自分を見つけに来たところ”
が実感として迫ってきます。
感性の分野で行われる自分発見、
それもいろいろありましょう。
さしずめ、
遣り残した相聞歌づくりでもためしてみたい。
せめてフィクションでいい、
恋歌を創ろう・・・。
それでもいい。
だけど、人前には出せない。
自分ひとりでは面白くない。
やはり、いつまででも美しくもありたいし、
着るものを創りたい、
美しく装いたい、と思う。
書も絵も、今から身につけるにはしんどい。
カラオケも聞いてくれる人が必要です。
やはり独りで十分愉しめるものがいい。
わたしは我田引水をしても、
やっぱり、織りをおすすめしたい。
これに限ると思っています。
みさを先生、いつも楽しく読ませていただいています。わたしは、35歳のときに、インディアンハープを習い始めました。子供を育てさせていただき、家庭をもたせていただき、年を重ねてなお、感性は増す一方です。わき出る感情を表現するのには、芸術が一番!上手じゃないと、芸術をやってはいけないような風潮をもったいなく思います。先生のブログを読みながら、少しでも型にはまったような考えがでてきたら、壊していくようにしています。
家族だって、一期一会。釘宮良恵としての人生も一期一会。燃えて生きていきたいと願っています。
投稿情報: 釘宮良恵 | 2006年3 月20日 (月曜日) 20時51分
釘宮良恵さま、
コメントありがとうございます。
城みさをは、
「下手は上手の手本」
という言葉を、
折に触れて話します。
「うまく織らなくてもいい」
とも。
「人生とは自分を見つけにきたところ」
なのだから、
他人のために織るのではなく、
自分自身のために織ることの大切さを
訴えています。
これからも感性表現に、
熱く燃えて取り組んでください。
投稿情報: 管理人 | 2006年3 月23日 (木曜日) 11時54分