まず、自己発見のためには、
既成の織りのバランスを崩すことから
始めなければならない。
しかし、
ただ、“バランスを崩せばよい”というものではない。
“変わっていればそれでよい”というものでもない。
それは誰もが承知するところである。
だが、ここまで抜けたところで迷うのである。
ただ変わっているだけではよくない。
その次にどうすべきか?と。
そこでくたばってはいけない。
次のバランス、第二のバランス、
つまり美のためのバランスを組み立てねばならない。
SAORIの難しさはそこにある。
芸術の難しさはそこにある。
その困難さと四つに組むから、
自分自身が成長するのである。
その四つ組むとき、自分が現れるのである。
自分流の手で相手をねじ伏せるのである。
そのねじ伏せ方は、多種多様である。
自分流にである。
第一のバランスを崩しただけでは、
まだ序の口である。
そこであきらめてはいけない。
様々にぶつかり稽古をする。
そして力をつけていく。
得意技が見つかるまで自分を養うことが大切である。
仲間の作品をじっと見て、目を肥やそう。
街を歩いていて、電車に乗って、目を肥やそう。
美しいものは何でも見よう。
キレイなものではない、
美というもので目を肥やそう。
そして、芸術的第二のバランスを
組み立てるまで頑張ろう。
それは誰のものでもない
立派な自分のものなのだから。
同時に仲間のものなのだから。
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